マリインスキー・バレエ

マリインスキー・バレエ(Mariinsky Ballet)

「マリインスキー・バレエ(Mariinsky Ballet)」はロシアのサンクト・ペテルブルグにあるマリインスキー劇場のバレエ団で、1730年代にフランス人のジャン・バティスト・ランデにやって創立された帝室舞踊学校が起源となっています。

 

ロシア帝国時代、1920年頃までは「ロシア帝室バレエ団(Imperial Ballet / Imperial Russian Ballet)」と文献では記され、ロシア国内では「マリインスキー・バレエ(Mariinsky Ballet)」という名称で親しまれていました。

 

ソビエト連邦時代には言語統制により旧名称は使用禁止され、「ソビエト・バレエ(The Soviet Ballet)」と呼ばれ、1935年に「キーロフ・バレエ(Kirov Ballet)」に改称されました。

 

ロシア連邦時代になり、1992年以降は再び「マリインスキー・バレエ(Mariinsky Ballet)」と呼ばれるようになりました。

 

1783年に女帝エカチェリーナ2世によりオペラとバレエ専用のボリジョイ劇場が建設され、活動拠点を移しました。

 

1800年から1850年頃のロマンティック・バレエの大ブームには積極的に作品を取り入れ、1850年から1900年にはクラシック・バレエの誕生に先駆け多くの演目を生み出しました。

 

19世紀後半、西欧諸国ではバレエが衰退していましたが、マリインスキー・バレエ出身者が過半数を占める「バレエ・リュス(Ballets Russes)」はパリを中心に人気を集め、バレエ文化再興に貢献しました。

 

ロシア帝国時代はバレエ団への入団は貴族出身者に限られていたので、貴族的で古典的な美しさを保った、優雅で上品、特に腕のラインの美しさを特徴としており、現在もその美しさは受け継がれています。

 

群舞の評価が非常に高く、ソビエト連邦時代は踊り手の身長や腕の長さなどの容姿まで統一しており、舞踏家のレベルの高さと人材の豊富さが伺えます。